大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

宇都宮地方裁判所 昭和42年(行ウ)3号 判決 1973年3月25日

宇都宮市川向町七五二番地

原告

株式会社 安斉商店

右代表者代表取締役

安斉武男

右訴訟代理人弁護士

佐久間渡

大木市郎治

宇都宮市昭和二丁目一番地

被告

宇都宮税務署長

大室正平

右指定代理人

須藤哲郎

吉川明弘

岡学美

丸山豊一

萩谷光衛

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

(当事者の求める裁判)

一  請求の趣旨

被告が原告に対して昭和四一年六月二九日付でなした

(一)  自昭和三五年九月一日至同三六年八月三一日事業年度分、自同三七年九月一日至同三八年八月三一日事業年度分、自同三八年九月一日至同三九年八月三一日事業年度分および自同三九年九月一日至同四〇年八月三一日事業年度分の各更正決定および重加算税賦課決定ならびに

(二)  自同三六年九月一日至同三七年八月三一日事業年度分の再更正決定および重加算税の賦課決定を取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

二、請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

(当事者の主張)

第一、請求原因

一、原告は、海産物・罐詰および食料品類の卸売を業とする会社で、法人税に関し青色申告をなしているものである。

二、被告は昭和四一年六月二九日原告のなした昭和三五年度ないし昭和三九年度(いずれも当該年度の九月一日から翌年八月三一日まで)の各法人税額確定申告に対して、請求の趣旨記載の更正、再更正および重加算税賦課の各決定をなした。そこで原告は被告のなした右各決定を不服として同年七月二九日関東信越国税局長に対し審査請求をなしたところ、同局長は同年一一月二八日右審査請求を棄却した。

三、しかし被告のなした右各決定は、架空名義預金の帰属者の認定を誤った違法なものであるから取消されるべきである。

すなわち、被告は原告会社の代表取締役をつとめる訴外安斉武男が同人個人として昭和三五年九月から昭和四〇年八月までの間、毎月五万円ずつを銀行預金として積立てていたことをとらえて、右預金は原告の売上金の一部を除外してなした原告の簿外預金であるから、その利息とともに原告の所得に計上すべきものであるとして、これを原告のした前記各事業年度の申告所得に加算して前記各決定をなしたものであるが、右預金は訴外安斉武男がその保有金またはその収入を預金として積立てていたものであって、原告会社の売上金を簿外預金としたものではないから、被告の右認定は誤りである。

第二、請求原因に対する被告の認否

請求原因一、二は認めるが、同三は争う。

第三、被告の主張

一、本件処分の経緯

本件申告から前記各処分を経て裁決に至る経緯は、別表一のとおりである。

二、本件処分の根拠

(一) 本件処分において被告が原告の提出した確定申告書中その申告所得金額を更正した項目は、別表二のとおりであつて、その事由は、いずれも昭和三五年度ないし昭和三九年度においてなされた別表三の各架空名義の銀行預金が、原告においてその売上金の一部を公表帳簿から除外して預入れた、原告に帰属する預金であると認められたので、右各預金額をそれぞれの年度の売上金の計上もれ、右預金の利息を雑収入の計上もれとして、原告の所得に加算したものである。

三、本件架空名義預金が原告に帰属すると認めた根拠

(一) 預金者名義の仮装状況等

原告の主たる取引銀行は富士銀行宇都宮支店であつて、安斉武男およびその家族のする普通・定期各預金も栃木相互銀行宇都宮支店に安斉秀明名義の定期預金が一口あるほかは、すべて富士銀行宇都宮支店になされ、安斉が原告から受取る給料・賃貸料も同支店に預入れているにもかかわらず、原告が安斉武男個人に帰属するという本件架空名義預金のみは足利銀行宇都宮支店になされている。

さらに、本件預金における名義仮装の状況を示すと、別表三のとおりであつて、多数の架空名義を使用し、またこれを頻繁に書替え、さらに満期書替えに際しては従来の一口を二口に分割するなどして発覚を困難にする方法がとられている。

(二) 安斉武男には本件架空名義預金をするだけの経済上の余裕はなかつた。

1. 収入(期間昭和三五年九月一日から昭和四〇年八月三一日まで)

(1) 報酬給料(安斉武男およびその家族の受取るもので賞与恩給を含む)九一二万六、七一二円

(2) 地代家賃(原告から受取るもの) 五六三万九、二八〇円

(3) 受取利息配当金等(原告の主張する、安斉武男が大森ミヨ、英栄次郎から受取つた謝礼金五五万円を仮に含める) 三一四万九、四五〇円

(4) 合計 一、七九一万五、四四二円

2. 支出

(1) 生計費

各係争年度別の安斉家の世帯人員数は別表四の安斉家の世帯人員欄記載のとおりである。

右世帯人員に基いて、内閣総理府調「家計調査年報」により各係争年度別の安斉家の生計費を推計すると、同表推計生計費欄記載のとおりであつて、結局係争全期間の安斉家の合計額は五一〇万〇、四六六円と推定することができる。(推計方法は被告の昭和四七年八月三日付準備書面二六頁ないし三六頁に詳しいが、摘記を省略する。)

なおこのほか、安斉武男は昭和三九年一月ごろ、長男秀明の結婚式を挙行して、その費用九〇万円を、二女美子の大学進学のためその費用二八万二、五〇〇円を各支出した。

(2) 税金(係争全期間に納付した総額)

二六八万五、七七〇円

(3) 純資産の増加額

係争全期間の期首・期末それぞれにおける安斉武男の預金・貸付金・土地・建物・有価証券等を含む各種資産の総価額より右各時期の負債額を控除した純資産を比較すると、期末における同人の純資産の増加額は、一、三四二万五、五〇二円であつて、その明細は別表五の被告主張経緯記載のとおりである。

(4) 以上支出合計二、一二一万一、七三八円

3. 以上の収支額の比較によると、係争全期間における安斉家の支出超過額は三二九万六、二九六円であつて、これによれば右超過支出額の支出源は、原告の売上金を収入源とすることを推測するに難くない。

(三) 原告の業態

原告は塩乾物・瓶罐詰・佃煮・漬物等の卸売を業とし、その旭町売店では現金売りも行つている。また、その経営は安斉武男を首脳とする小規模の同族経営である。

このような点は安斉武男による売上金の計上除外を容易にするものであること多言をまたない。

(四) 株式会社島広商店に対する売上金の計上もれ

原告は、その得意先である株式会社島広商店に対し、昭和三七年六月二三日から同月二五日までの間に売却した白漬生姜二〇一六貫の代金として、同年八月一日、横浜銀行前橋支店を通じて五六万四、四八〇円の送金を受けながら、右送金は同月八日に足利銀行宇都宮支店の安斉武男名義の別段預金に預け入れられ、翌九日同人名義で払い出されている。

また原告は昭和三七年六月一五日前記島広商店に対し売却した煮干一、五六一キログラムの代金一九万六、三五〇円を、昭和三八年一〇月三一日同じく横浜銀行前橋支店を通じて送金を受けながら、同日の右代金額を含む送金金額三五万三、三五〇円を足利銀行宇都宮支店の安斉武男名義の普通預金に預入したうえ、内一五万七、〇〇〇円を原告の公表普通預金に振替え入金したが、その差額の煮干代金相当額は、同月三一日および同年一一月六日の二回にわたつて安斉武男名義をもつて現金で払い出された。

以上の事例でも明らかなとおり、原告はその売上金の一部を故意にその備付帳簿に記帳しないでこれを安斉武男の手持ち保有金とし、その金員のうちから本件架空名義の積立預金をしたものである。

第四被告の主張に対する原告の認否および反論

一  被告の主張事実中架空名義預金が原告に帰属する簿外預金であるとする部分、大森ミヨ、英栄次郎に対する貸付金に関する部分、安斉家の生計費、負債に関する部分、および島広商店と原告との取引に関する部分を否認し、その余を認める。ただし宇都宮市旭町所在の建物の建築価格は、二九六万二、九八〇円の方を認め、またそれは新築ではなく、移築したものである。

二  本件加空名義預金は、原告がその売上代金の一部を除外して預け入れたものではなく、安斉武男が自己所有の手持金の中から毎月五万円ずつ預け入れていたものである。

(一) 安斉家には右預金をするだけの経済上の余裕があつた。

1. 収入

安斉家の係争全期間における収入の額および内容は大森ミヨらから受取つた礼金合計五五万円を加えれば、被告主張のとおりである。

2. 支出

(1) 生計費

安斉家の世帯人員数に関する被告主張は、昭和三八年度は全期を通じて六人であつたから、この点が事実と相違するが、その他は認める。

安斉家の各係争年度における生計費(食費・教育費・衣料費・理容費・光熱費・交際費・雑費の合計額)の実際を調べたところ、それは次のとおりであつた。

<省略>

合計 二四四万三、五〇二円

食費は第一係争年度において一人年間三万〇、四五六円を要し、第二係争年度以降は物価上昇および第五係争年度に長男秀明が嫁をむかえたことによる食生活改善のため、第二、第三係争年度においては一人年間三万〇、七四四円、第四係争年度においては同三万二、五八八円、第五係争年度においては同三万九、四三五円を要した。

第四、第五係争年度において食費以外の生計費が急増したのは、第四係争年度には二女美子の大学入学に伴う諸経費として二八万二、五〇〇円を要し、第五係争年度には長男秀明の結婚費用に六万円、二女美子の学費に一七万円を要したためである。

被告は安斉武男が長男秀明の結婚費用として八〇万ないし九〇万円を要したと主張するが、その内五〇万円は結納金であって、これは安斉武男の普通預金から支払ったものである。また結婚式の費用三〇万ないし四〇万円は、その招待客の祝儀金でほぼ賄われたものである。

安斉家の生計費が他と比較して著しく低いのは、同家では諸事節約を旨とする家風であること、安斉武男や、妻ミネが原告会社の営業上食料品の知識および価格に詳しいことから、同家では自家用食料品は努めて安いものを購入し、燃料は不用となつた原告の梱包空箱等を使用し、洋服は五年に一着程度しか新調せず、また下着、靴下等はメーカー、問屋からの贈答品で間に合わせ、また、酒、たばこ、旅行等も、これらをたしまない安斉にはそのための費用を要しないからである。

(2) 純資産の増加額

安斉家の係争全期間における資産負債の概要、係争全期間の期首に比較した期末の純資産増加額は別表五の原告主張額欄記載のとおりである。

被告主張との主要な相違点は、資産中、預金には本件架空名義預金を含め、貸付金として、安斉武男は、昭和三一年九月大森ミヨに対し一五〇万円を貸付け、昭和三五年五月六〇万円、昭和三六年一〇月六五万円、昭和三七年一二月七〇万円、合計一九五万円(元金および礼金)の返済を受け、また昭和二八年英栄次郎に対して五〇万円を貸付け、昭和三六年一一月六〇万円(元金および礼金)の返済を受け、結局、右のように安斉武男は貸付金の返済により、本件係争年度期間である昭和三五年九月一日から昭和四〇年八月三一日までの間に一九五万円、昭和三五年五月以降の分まで含めれば二五五万円の臨時収入があつたこと、および負債として、昭和三八年一〇月二二日富士銀行宇都宮支店から借入れた二〇〇万円を昭和三九年九月三〇日完済したが、その後さらに同日同銀行より新規に一二八万円を借り受け、昭和四〇年八月三一日現在でもなお三二万円の返済残があつたのである。

したがつて、支出源不明の支出高は三一万九、三三二円、一係争年度当りでは僅かに六万三、八六六円にすぎず、五人ないし七人の家計において一年間でこの程度の支出源不明の支出金が生ずるのはむしろ通常のことであり、また安斉武男が原告から流用着服しなくとも毎月五万円ずつ程度の預金をなし得ることも明らかである。

(二) 安斉武男が本件架空名義預金をなした理由は、同人の親族大森ミヨの娘に兎唇の女子が生れたので、この孫の将来を心配した大森ミヨが、同女の長男義夫夫婦に秘して孫の実名の定期積立をしていたところ、その後同女は右定期積金を振り替えた定期預金が満期になつた際、銀行からの通知により右預金が義夫夫婦に知られてしまつては困ると考え、以後架空名義の預金に切り変えたこと、および安斉武男の同業者が死亡した際、その子らの間の遺産分割の協議のとき、父が生前、子の一人に学資を与えていたことが問題となり、紛争を生じたこと、などの事例があつたことから、安斉武男においても長男秀明のほかに四人の子女を有する関係上、将来子の間にこのような紛争が生じないようにとの配慮によるものである。

(三) 本件架空名義預金を原告会社の取引銀行である富士銀行にせず、足利銀行宇都宮支店になしたのは、単に同店の行員が頻繁に安斉武男に預金の勧誘をしたため、これに応じたものであつて、他意になかつた。

三 島広商店との取引

原告会社が昭和三七年八月一日株式会社島広商店より横浜銀行前橋支店を通して送金を受けた五六万四、四八〇円は、安斉武男が仲介した島広商店と堀江商店との取引の決済代金であつて、したがつて同月九日安斉武男の別段預金から全額堀江商店に支払つたものである。

次に昭和三八年一〇月三一日同じく島広商店から横浜銀行前橋支店を通して送金を受けた三五万三、三五〇円については、そのうち一五万七、〇〇〇円は原告と島広商店との取引代金であつたので、これを原告の普通預金に振り替え入金したが、残金一九万六、三五〇円は安斉武男の長男秀明が原告のものと一括して島広商店に売却した同人の受取るべき煮干代金分であるから、そのまま安斉において払出したものである。

右のとおり原告は原告の売上代金の一部を除外隠ぺいしたことはない。

(証拠関係)

一  原告

1  甲第一ないし第九号証

証人大森ミヨ、同黒崎政治、同安斉ミネ、同英ハツイの各証言および原告会社代表者尋問の結果

2  乙第一〇ないし第一二号証、第五二号証の一、二および第五三号証の成立は不知、その余の乙号各証の成立は認める。

二  被告

1  乙第一号証の一、二、第二ないし第四五号証、第四六号証の一ないし八、第四七号証の一ないし六、第四八号証の一ないし七、第四九号証の一ないし七、第五〇号証の一ないし七、第五一号証、第五二号証の一、二および第五三ないし五五号証。

証人荒井一夫および同山崎慶太郎の各証言。

2  甲号各証の成立を認める。

理由

一、請求原因一、二の事実および被告主張事実中

本件架空名義預金が原告に帰属する簿外預金であるとする部分、安斉家の生計費の金額、安斉武男の大森ミヨ、英栄次郎に対する貸付金および負債に関する部分、島広商店と原告との取引に関する部分を除いては当事者間に争いがない。(ただし新築建物の建築価格については、被告は三七七万一、一五〇円と二九六万二、九八〇円とを選択的に主張したが、原告は後者の金額を認めた。)

結局原告は、被告が本件各決定の理由とした、安斉武男が昭和三五年九月一日から昭和四〇年八月三一日までの各係争事業年度において毎期足利銀行宇都宮支店に月額五万円、年額六〇万円(ただし第二係争年度については年額五五万円)を架空名義で積立てていた預金が、原告に帰属する簿外預金であるとの認定を争うものであるから、以下被告が右認定の事由とした事実につき順次判断する。

(一)  まず、安斉武男および同人と生計を同じくする家族(以下これを安斉家という)の本件五係争年度の全期間における総収入と、生計費、純資産の増加額等の総支出の比較から安斉家には前記積立預金をするだけの経済上の余裕があつたか否かおよび収入源不明の収入があつたか否かについて検討する。

1  純資産の増加額

昭和三五年九月一日(以下これを期首という)から昭和四〇年八月三一日(以下これを期末という)までの期間における安斉家の資産増加額を見てみると、本件架空名義預金が安斉武男個人のものと仮定した場合の期末における安斉家の資産が預金貸付金、土地建物等を含めて 一、八〇八万八、五三一円であること、(ただし別表五記載の店舗の価額は二六六万一、一八〇円による。)一方期首においては、その資産が預金と貸付金のみであり、右預金高が一五三万四、二三七円であることについては当事者間に争いはない。

ところで貸付金については安斉武男の、大森ミヨに対する九〇万円、英栄次郎に対する五〇万円、合計一四〇万円の貸付金の存否について争いがあるので判断するに、証人安斉ミネ、同英ハツイおよび同大森ミヨの各証言ならびに原告会社代表者尋問の結果によれば、安斉武男は、大森ミヨに対しては昭和三一年ころ一五〇万円を貸付け、その元金の返済および礼金として、四年後の昭和三五年に六〇万円、五年後の昭和三六年に六五万円、六年後の昭和三七年に七〇万円と分割して支払を受け、また英栄次郎に対しては昭和二八年五〇万円を貸付け、元金の返済および礼金として八年後に六〇万円の支払を受けたというにもかかわらず、安斉武男は右各貸付および返済について借用書、領収書およびその内容を記録するメモ帳等も何ひとつ作成していなかつたというのであるが、そうだとすれば、そのようなことは商人である安斉武男の措置として、たとえそれが商行為でなく、また同人が大森ミヨと親族関係にあることを考慮に入れても、なお余りに不用意すぎて不自然であり、この点に関する前記各証言および会社代表者尋問の結果は措信することができない。したがつて、期首における貸付金高は被告の主張どおり一七二万八、七九二円であつたと認められる。

右事実によれば、前記期首から期末にかけての安斉家の資産の増加額は一、四八二万五、五〇二円となる。

次に成立に争いのない甲第八号証によれば、前記期末において安斉武男は富士銀行宇都宮支店に対して三二万円の借入金の返済残金のあつたことが認められる。

したがつて期末における負債を差し引いた純資産の増加額は一、四八二万五、五〇二円となる。

2  通常支出

本件全係争年度の間に支払われた諸税金、保険料の含計額が、二六八万五、七七〇円であることは当事者間に争いがない。

次に安斉家の生計費について判断するに、被告主張の全係争期間中の安斉家の世帯人員数は概ね当事者間に争いがなく、なお成立に争いのない乙第五四、五五号証によれば、争いのある昭和三八年度の世帯人員数も被告主張のとおりと認められる。

そこでこれを前提として、内閣総理府統計局編「家計調査年報」により推計する右期間の生計費五一〇万〇、四六六円は、社会通念に照らしておおむね妥当な金額であると認められるが、証人安斉ミネの証言および原告会社代表者尋問の結果によれば、安斉家では日常質素を旨として極力家計を切詰め、自家用食料品類は安済武男の営業上の知識等を利用して努めて安価なものを購入するなどして生活費の節減に努めている結果、同家の実際の生計費は同所得者の平均生計費よりは若干低額であることが認められ、右被告主張額をそのまま認めることはできない。しかし、一方原告の主張する右生計費二四四万三、五〇二円も、これを認めうる直接の証拠がないばかりでなく、例えば第一係争年度においては僅かに一人一か月当り二、五三八円となるなど社会通念に照らして明らかに余りに低額に過ぎ、とうてい認めうることはできず、右主張に符合する証人安斉ミネの証言および原告代表者尋問の結果は信用しない。

結局本件全証拠によつても、安斉家の生計費をたとえ推計にせよ具体的な数額をもつて算定することは不可能であつて、強いていえば、その金額は被告主張額の五一〇万〇、四六六円と原告主張額の二四四万三、五〇二円の間で、しかも被告主張額により近い金額であることを推測し得るにとどまるのである。

3  安斉家の収入

安斉家の収入が、報酬給料として九一二万六、七一二円、地代・家賃収入として五六三万九、四五〇円あることは当事者間に争いがなく、受取利息配当等については、その額は1で述べたとおり大森ミヨ、英栄次郎に対する貸付金はこれを認めることができないから、これを除いた被告主張の二五九万九、四五〇円となる。

右認定したところに従い本件五係争年度の全期間の安斉家の収支を比較すると、生計費を原告主張どおりに計算しても三一万九、三三二円の支出源の不明確な支出金額を生じ、右原告主張の生計費が甚しく過少であることは前記のとおりであるから、この点を考慮すると、支出源不明の支出金額はさらに著しく増加することとなる。よつて右事実から推論すれば、安斉家に本件架空名義預金をする経済上の余裕がないとの点はともかく、前認定の相当額の収入源不明の収入があつたことを推測するに十分である。

(二)  その売主が原告であるか否かをしばらくおき、昭和三七年八月一日原告は白漬生姜二、〇一六貫匁の売上代金として株式会社島広商店より横浜銀行前橋支店を通して足利銀行宇都宮支店に 五六万四、四八〇円の送金を受けたところ、右送金は同月八日同支店の別段預金に安斉武男名義で預入され、翌九日同人名義で全額現金で払い出されていること、また昭和三八年一〇月三一日原告は同じく島広商店より煮干代金として横浜銀行前橋支店を通して足利銀行宇都宮支店に三五万三、三五〇円の送金を受けたところ、右送金は同支店の安斉武男名義の普通預金に預入され、そのうち一五万七、〇〇〇円は同日付で原告の普通預金に振り替え入金されたが、残金一九万六、三五〇円は同月三日に九万六、三五〇円、同年一一月六日に一〇万円がそれぞれ前記普通預金から安斉武男名義により現金で払い出されていることは当事者間に争いがない。

原告は、前記五六万四、四八〇円の送金は、安斉武男が仲介した訴外二商店間の取引代金であつたから安斉武男より堀江商店に支払つたものであり、また前記三五万三、三五〇円の送金については原告の普通預金に振替え入金した一五万七、〇〇〇円のみは原告の取引代金であり、原告の普通預金に振り替え入金しなかつた残金一九万六、三五〇円は安斉武男の長男秀明と島広商店との取引代金であつたと主張する。しかし、右主張に符合する原告会社代表者の供述は、にわかに措信できず、ほかに右主張事実を認めるに足りる証拠はない。

そうだとすると、前記争いのない事実から、前記各送金は全額原告の商品売上代金であつて、原告がこれを安斉武男名義で預入れ、払出した行為は一応原告の売上金を除外したものといわざるを得ない。

(三)  本件預金の名義仮装の状況

1  安斉武男およびその家族による定期・普通各預金の設定は、いずれも実名をもつて、安斉秀明名義の定期預金一口が、栃木相互銀行宇都宮支店になされているほかはすべて原告の主な取引銀行である富士銀行宇都宮支店になされていること、別表三のとおりの架空名義預金が足利銀行宇都宮支店になされたことは当事者間に争いがない。

2  更に成立に争いのない乙第二八ないし第四五号証により本件架空名義預金の積立・預入およびそれらの架空名義の使用状況を詳しく検討すれば、別表六のとおりである。

3  また前記証拠により右の積立期間満了後の積立金が定期預金に振替えられた状況を見ると、(1)昭和三四年一一月三〇日を契約日とする黒崎ミネ名義の定期積金(預金番号B三、三一八)は昭和三五年一一月三〇日元金六〇万円、利息一万三、〇〇〇円全額が解約され、右元金六〇万円は同日三〇万円ずつの黒崎ミネ(せ八、八三九)、黒崎キミ各名義の二口の定期預金に分割され、右黒崎ミネ名義の預金はさらに昭和三六年一二月九日元金三〇万円全額が解約され、右三〇万円は同日井上善吉名義の定期預金(V五五、九六七)に振り替えられ、更に同預金は昭和三八年一月一八日元金三〇万円が解約され、右利息を含む三一万八、三〇〇円は分割のうえ同日長山朝夫(そ七五一八)、黒崎ミネ(そ七五一九)および黒崎和夫各名義の定期預金(そ七五一一)またはその一部にそれぞれ振り替えられている。(2)前記黒崎キミ名義の預金(せ八、八四〇)も昭和三六年一二月九日元金三〇万円が解約され、右三〇万円は同日長山朝夫名義の定期預金(わ五、五四九)に振り替えられ、以後同名義で順次書替えられている。 (3)同じく昭和三五年一一月三〇日を契約日とする黒崎ミネ名義の定期積金(O二一八八〇)は、昭和三六年一二月七日元金六〇万円が解約され、右六〇万円は翌八日各三〇万円ずつの沢利雄(V五五、九六三)と、吉田和彦(V五五、九六四)各名義の定期預金二口に分割され、右沢利雄名義の預金(V五五、九六三)は、昭和三八年一月一八日元金三〇万円が解約され、右利息を含む三一万八、三四五円は分割のうえ吉田和彦(そ七五二〇)と黒崎ミネ(そ七、五一九)各名義の定期預金の一部に振り替えられ、前記吉田和彦名義の預金は同名義で以後順次書替えられている。(4)昭和三六年一二月八日を契約日とする酒沢佳子名義の定期積金(C二三、八二四)は、昭和三七年一二月一一日元金六〇万円が解約され、同日右六〇万円は各三〇万円ずつの酒沢佳子(V七二、九六五)と酒沢安子(V七二、九六六)各名義の定期預金二口に分割され、以後同名義で順次書替えられている。(5)さらに昭和三七年一二月一〇日を契約日とする同じく酒沢佳子名義の定期積金(H八六二一)は、昭和三八年一二月一二日元金六〇万円が解約され、同日全額が同名義の定期預金(あ五九三九)に振り替えられ、以後順次同名義で書替えられている。(6)また昭和三八年一二月二〇日を契約日とする酒沢優子名義の定期積金(S八八〇〇)は、昭和三九年一二月三日元金六〇万円が解約され、同日全額が同名義の定期預金(て九七二五)に振り替えられている。

以上の事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。

そして前記積立金の各積立・定期預金への振替・払出等の事際上の手続が安斉武男によりなされたことは弁護の全趣旨により認められ、したがつて前記各架空名義も同人がその発意により使用したものであることもまた自ら明らかである。(原告会社代表者本人は前記各架空名義の使用については関知しない旨供述するが、措信しない。)

右各事実によれば、安斉が前記各預金に際し真実の預金者名を秘匿するために用いた手段は極めて入念、繁雑なものというべく、その隠ぺいの必要性の並々ならぬことを察するに難くない。

(四)  原告が従業員三〇名から五〇名程度の規模の、安斉武男を代表取締役とする同族会社であることは当事者間に争いがなく、原告代表者本人尋問の結果によれば、原告会社は昭和二五年設立以来安斉武男がその代表取締役として、もつぱらその経営に当つてきたことが認められる。

以上認定した事実を総合して考えれば、本件架空名義預金は原告の売上げを除外して預入れられた原告の簿外預金と認めるのが相当である。

原告は、本件架空名義預金は安斉武男の手持金からしたものとして、その動機につき、同人の親族である大森ミヨが不具の孫の将来のためにその長男に内密に架空名義の預金をなしていたこと、および安斉武男の同業者の遺産分割の際、その子の一人が父から与えられていた学資のことより兄弟間に紛争を生じたので、安斉武男はこのような紛争を回避したかつたと主張する。しかし、本件架空名義預金をなした動機が、そのような単に家庭内の問題にとどまるものならば、何故、前項3の(二)に認定したような一〇名にも及ぶ多数の架空名義人を作出し、しかも次々とその名義を変更し、さらには預金口座を分割したりする。複雑・細緻な方法を用いなければならなかつたのか、その動機としては薄弱にすぎ、とうてい首肯するに足りないないのである。もつとも原告会社代表者本人は、右のような名義の作出、変更はすべて銀行が勝手になしたものであると供述するが、これもまた措信できないことは前述のとおりである。

よつて被告が本件各架空名義預金を原告の簿外預金と認めてその各預金額を原告の各所得に加算する前記各決定をなしたのは相当であつて、原告がその取消しを求める各決定にはなんら違法な点はなく、原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 須藤貢 裁判官 田辺譲次 裁判官 川崎和夫)

別表一

処分経過表

(一) 自昭和三五年九月一日至同三六年八月三一日事業年度分(係争第一年度)

<省略>

(二) 自昭和三六年九月一日至同三七年八月三一日事業年度分(係争第二年度)

<省略>

(三) 自昭和三七年九月一日至同三八年八月三一日事業年度分(係争第三年度)

<省略>

(四) 自昭和三八年九月一日至同三九年八月三一日事業年度分(係争第四年度)

<省略>

(五) 自昭和三九年九月一日至同四〇年八月三一日事業年度分(係争第五年度)

<省略>

別表二

更正表

(1) 自昭和三五年九月一日至同三六年八月三一日事業年度分(係争第一年度)

<省略>

(2) 自昭和三六年九月一日至同三七年八月三一日事業年度分(係争第二年度)

<省略>

(3) 自昭和三七年九月一日至同三八年八月三一日事業年度分(係争第三年度)

<省略>

(4) 自昭和三八年九月一日至同三九年八月三一日事業年度分(係争第四年度)

<省略>

(5) 自昭和三九年九月一日至同四〇年八月三一日事業年度分(係争第五年度)

<省略>

別表三

足利銀行宇都宮支店の本件架空名義預金の内訳

(1) 自昭和35年9月1日至同36年8月31日事業年度分(係争第1年度)

(イ)定期積金

<省略>

(ロ)定期預金

<省略>

(2) 自昭和36年9月1日至同37年8月31日事業年度分(係争第2年度)

(イ)定期積金

<省略>

(ロ)定期預金

<省略>

(3) 自昭和37年9月1日至同38年8月31日事業年度分(係争第3年度)

(イ)定期積金

<省略>

(ロ)定期預金

<省略>

(4) 自昭和38年9月1日至同39年8月31日事業年度分(係争第4年度)

(イ)定期積金

<省略>

(ロ)定期預金

<省略>

(5) 自昭和39年9月1日至同40年8月31日事業年度分(係争第5年度)

(イ)定期積金

<省略>

(ロ)定期預金

<省略>

別表四

安斉家の生計費

<省略>

別表五

安斉家収支表

<省略>

(注) 預金の被告主張額欄に記載した内書1,407,016円は、架空名義預金の増加額である。

貸付金の被告主張額欄に記載した内書1,400,000円は、被告が否認する大森ミヨらへの貸付金である。

受取利息配当等の被告主張額欄に記載した内書550,000円は、被告が否認する大森ミヨらからの謝礼金である。

建物内訳は、1. 宇都宮市旭町2丁目3,443番地1 店舗および倉庫201.09平方メートル(昭和39年9月頃新築、評価額3,469,330円または2,661,150円)

2. 同市峰町23番地 居宅80.99平方メートル(評価額301,800円)

有価証券は、安斉武男が取得した株式の合計額

別表六

架空名義積立金

積立額 毎月五万円

名義人はすべて架空

<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例